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2006年12月27日 (水)

うみねこ食堂と言う名の酒場

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  ***北紀行記念書き下ろし***

「うみねこ食堂と言う名の酒場」

「明日にでも流氷が着岸するらしい」

どこかで耳にした気がした。

海側の窓が、がたがたと大きく音を立てる。

どのくらいぼんやりしていたのか
あるいは眠っていたのかもしれない。

店内は、昼間でも薄暗く
ストーブの上のやかんからは
勢いよく湯気があがっている。
気温が下がってきたのだろう、
部屋の中でもうっすらと冷気が漂っているようだ。

窓が、再び大きく音を立てる。
「うみねこ食堂」という、この安酒場は
けれど、食堂の名のとおり昼間も営業をしているものの
冬の昼間に客が来ることはまずない。

ここにたどり着いて、
ずいぶんと時がながれたのだろうか。
時間の流れすらもわからないような北の港町は、
季節の変化を拒んでいるようで
波の荒いオホーツクの海の
うえには
絶えず、ねずみ色をした空が重くのしかかっていた。

それでも夏には
強い風をさけて地面に這い蹲るように
色の薄い夏の花が咲いた。

「たぶん…。」

これが最近の私の口癖だった。
「たぶん。」
話の始めに、終わりに
この言葉をつければ、なんとなく保険をかけている気がして、
それは話し相手への保険でなく、自分への。
傷が、小さく浅くすむような、
そんな保険だった。

「曇りガラスを手で拭いてあなた明日がみえますか」なんて

演歌があったけど、
このガラスの向こうに明日なんて見えやしない。
海側は風が強く、粉雪は
風に飛ばされて吹き溜まっている。

もうすぐ流氷が、ここからも見えるようになるだろう。
それが「明日」、なのかもしれない。
遠く、流れ着いてくる氷の塊。
いや、それは「明日」ではなく、「昨日」なのかもしれない。

過去を、固く氷の中に閉ざし、遠い海からやってくる。

生命をも取り込んで、土に返ることすら許されない
巨大な過去のかたまり。

私も飲み込まれる日がくるのかな。

そんなどうでも良いことをつらつらと考え、薄く笑った。

なんとなく、北の港町っていうイメージがあった。

南国でもどこでも良かったんだけど
駆け落ちなら北の坂道のある港町。

薄幸な女は風の強い海の町。
どっちにしても地の果てのような、
色のない世界に来たかった。

そこまで不幸なわけじゃない。
とことん幸薄い女を演ってみたかった。
ここに来る前、私の居た場所に

「北の海辺の安酒場にいるらしい」なんて風の噂で流れたら
それは最高に面白いシナリオだ。

町から追われた女はやがて、
酒場でやさぐれた男と出会い
だらだらと、ひと塊になって坂をころげ落ちていくのだ。

そしてそのまま、風の噂からも消え去っていけたら。

一人の時間が多いと、妄想の世界に走ってしょうがないなあ。
また一人で薄く笑った。

ドアが開いて、風が吹き込んできた。
風の後ろに二人の男が立っていた。
この町では見ない顔で、
一瞬、以前に会社勤めしていたときの
同僚に似ている気がして
顔を伏せがちに、盗み見るように様子を伺った。
けど、勤め人なんて
どれも同じような様子になるのかもしれない。
私にはもう勤め人の顔の区別ができなくなっていた。

海に帰る時が近づいている。

薄皮を、一枚一枚慎重にはがすように
人の気配を自分の体からはがしていく。
この世界に、未練を残してはならないのだ。
風がいっそう強くなった。


続く・・・のか?

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