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2010年7月26日 (月)

センチメンタルな旅へ出た日のこと

先ほどまでダウン。
座ってご飯食べるのがしんどくて
口に入れては横になりもぐもぐもぐ
また起き上がって、
口に入れては横になり…。

それで、30分ほど眠っておりました。
少し楽。

なので、ざっとブログ更新。

荒川線の前の日、つまりは土曜日。
この日は写真デイ。
世田谷美術館と青山のラットホールギャラリーに行きました。

で、ラットホールギャラリーで開催されていた
荒木経惟「センチメンタルな旅 春の旅」

これは新聞か何かで見たときから
行こうか行くまいか、でも行こうか。
悩んだ末です。

「チロの死」

その死に向かう日々、死後の日々を綴ったもの。
綴った、ではないですね。写したもの。

猫依存症のワタクシには、かなり重いものであろうと
そうは思っても、見ておかなきゃならないような
そんな気持ちに押されて。

ギャラリーの入り口を入って、正面に一部屋
ドアをくぐってもう一部屋。

入ってすぐに映像が始まる。
女体とチロが交互に現れては消えていく。

10人くらいが、声も立てずじっと画面を見つめる。

途中から私は
鼻水と涙が滝のように流れ
ハンカチを出そうと下を向いたら
まあ垂れ流しっすよ。

盛大に鼻水を啜り上げながら
しゃくりあげて泣く。
しんとした部屋の中に私のその鼻水としゃくりあげが響く。

何人かは、そっとハンケチで涙を抑えていらっしゃいました。

日々
小さくなっていくチロ。
毛並みもがさがさとして
それでも目の力だけはとても強くて、
布団に横たわるチロ。
カメラをじっと見つめる。
生気を全て失って、ぎゅっと固く小さくなったチロ。

骨。

って、これ綴ってるだけでもう涙ぼろぼろ出てるので
すみません、このあたりで。

そのあとに、
何枚も何枚も定点観測の空の風景。
飽きるほど、何枚も何枚も何枚も。
それでも、そこを立ち去ることはできなかった。

立っているのがやっと。
座り込んで大声上げて泣きたい感じだった。

映像を見終わって、もうひとつの部屋で写真。
映像と違って、その像は現れて消えることは無い。
紙に映し出された像はずっとそこに留まっている。

四方をチロに囲まれる。


やはりここでも
部屋の真ん中で為す術なく
それでも目をそらせず。

結局、ひどく打ちのめされ泣きながら
ギャラリーから表参道駅まで歩く。

これを、冷静に作品として見られなかった。
何かを見てこんなに泣いたのは
美輪さまのエディット・ピアフ以来。

でもこれはやっぱりアラーキーだから、と言える。
ここまで打ちのめされ打ちひしがれ、
ホテルに帰ってもなお激しく号泣した
その精神に及ぼす影響力は、アラーキーだからこそ。


さてさて
うちの愛しいしっぽちゃん。
暑いのでベランダで寝ておりますが
必ず私の足元に帰ってきます。

どーすんだ、こんなに可愛くて(笑)



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