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2011年1月19日 (水)

繋がってる~?

とりあえず原稿あれこれは全て書いて投げた。
ほ…。
そして、このブログ周辺もようやく落ち着いた。
ほ…。

12月のを読み返してみると
まー、どーしようもないですね。
冷静さを欠いておりますね、恥をさらしておりましたね。
けどまあ、あのおかげで色んな事が整理されたりしました。

電波に乗っかって様々なコミュニケーションツールが発達。
ミクったりつぶやいたり日記を書いたりフェースブックなるものも。
そんなにも繋がりたいのか?
そんな電波なんて不確かなもので?

繋がりたいんだろうね、人って。。。
そして確かめたいんだろうね、自分の必要性を。

いろんなツール、そこで書き手の日常を垣間見る。
何かの拍子に、実際に会う機会を得ることもあるかも。
現実にコミュが始まったように思う。
毎日電波コミュツールにおいて、書き手に会う(そんな気になってる)
だんだん、その書き手の日常に自分もいる気になってもそれはしょうがないことなのか?
友達、と思ってしまう?
あるいはそれ以上?恋人とか理解者とか?
そんな勘違いをしてしまうのも仕方ないことなのか?

かなり一方的である。
相談に乗るとか、話を聞いてあげるよとか
そんなことを言われても、「はぁっ?」である。
私には話を聞いてもらいたい人はちゃんと現実に居るから。

例えばここに綴った言葉を
自分にとって都合のように解釈され、それを投げ返される。
そんなことを言われてもまたしても「はぁっっ?」である。

挙句、ものすごく一方的に言葉を叩きつけられる。
もう腑に落ちないことだらけだが
1~2回会ったという事実と相まって、
それが電子媒体のコミュツールの恐るべきパワーなのだろう。

つか、そもそも読み手も書き手も双方向ではないのだ。
お互いが一方向であることをちゃんと意識していないと
こんな誤解が生まれる。

小説や音楽にも言える。
ということを、以前のブログで暗に伝えたつもりだったが
ストレートに言わんにゃ分らんかったらしい。

小説を読んで、私と小説は双方向の関係が築けるが
私と作者は双方向ではないのだ。
あくまで両者とも一方向。

音楽を聴いて、私と音楽は双方向。
けど、作り手とはお互い一方向。なのだ。

何度読み返してその言葉の真意を計ろうとも
その思いを理解しようとしても
一方向だから交わることは無い。

私はそれら作り手の日常にはなれないのだ。

それが基本だと、きちんと気持ちの中に置いとかないと
怖いことになる。
とんだ勘違い女になる。
誰もがその状況に陥りやすいのもまた事実。

自分への戒めにもなった。
曖昧な表現曖昧な態度、驚きが興味に変わったりと、
誤解を招くことも多く会ったのであろう。
また、私がそんな風に勘違いしたりとか、あると思うから。
勉強させていただいた出来事でした。

なんかずっともやもやしていて、
もう、ほんともやもやして、
思い出しただけでもすごく嫌な気持ちになっていたので
すまん、ぶちまけた。


今朝はMUGENを聴いた。
良いアルバムだなあ。
そして、
午後は楽園とWeapons of Mass Destructionを繰り返し聴いている。
やっぱり(笑)

そして明後日は東へ東へ~♪








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